大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和24年(オ)335号 判決

上告人 伊藤豊次

被上告人 国

訴訟代理人 斉藤忠雄 外一名

主文

原判決中上告人の控訴を棄却した部分(旭川市永山村四七八番地の二畑五反歩、同四六九番地の三畑九反五畝一六歩に関する部分)を除きその余の部分を破棄する。

被上告人の控訴(旭川市大町一丁目三〇番地の六、畑一町七反九畝七歩に関する控訴)を棄却する。

原判決中上告人の控訴を棄却した部分に対する上告を棄却する。

原審及び当審の訴訟費用は二分しその一を上告人、その余を被上告人の負担とする。

理由

上告代理人板井一治の上告理由は末尾添附の別紙記載のとおりである。これに対して当裁判所は次のごとく判断する。

上告理由第一点について。

原判決の確定するところによれば、本件農地の中、甲地(旭川市大町一丁目三〇番地の六畑一町七反九畝七歩)は不在地主(上告人)の所有する小作地ではあるが、自創法五条五号にいわゆる「近く土地使用の目的を変更することを相当とする農地」に該当するものである。しかるに原判決は、このような農地についても、これを同法三条の規定による買収から除外するには、市町村農地委員会が道農地委員会の承認を得て指定し、又は道農地委員会が指定することを要件とするとの見解のものに、かかる指定のない甲地について、裁判所がみずからこれを買収すべき除外すべきものと断ずることはできないとしたのである。しかし市町村農地委員会が同法三条による買収計画を樹立するにあたつて、その農地が本件のように客観的に同法五条五号所定の「近く土地使用の目的を変更することを相当とする農地」に該当する場合においては、都道府県農地委員会の承認を得て同号所定の指定を行い、これを同法三条の買収の目的から除外すべきものであつて、かかる農地につき右の指定を行わずして買収計画を樹立することは違法であり、このような違法な買収計画に基く買収処分もまた違法たることを免れない。(昭和二七年(オ)八五五号同二八年一二月二五日第二小法廷判決)。そうだとすれば第一審判決が甲地を買収すべからざるものとして上告人の請求を認容したのは正当であつて、原判決がこれを取消したのは失当である。論旨は理由あるに帰し、原判決はこの点において破棄を免れない。

同第二点について。

農地が自創法第五条五号によつてその使用目的を変更することを相当とし買収から除外さるべきものであるか否かは、買収計画樹立乃至買収処分当時の客観的事実によつて判断すべきであつて、農地調整法第六条による所有者の使用目的変更の許可申請とは関係なく決すべきことである。それ故原判決が同法六条の存在及び影響を考慮に加えなかつたからとて所論のような違法あるものということはできない。論旨は理由がない。

よつて民訴三九六条、三八四条、四〇八条一号、九六条、八九条に従い主文のとおり判決する。

この判決は裁判官全員一致の意見によるものである。

(裁判官 井上登 島保 河村又介 小林俊三 本村善太郎)

上告代理人弁護士板井一治の上告理由

第一点

(一) 誰が見ても「近く土地使用の目的を変更することを相当とする農地」は自作農創設特別措置法(以下法と略称す)第五条五号により指定すべきはこれをしなければならん。

なさねばならぬ指定を頬冠して過すことは違法であろう。法は公正で悪をなさんからである。

本件甲地につき原判決は「甲地が第一審原告の主張するように、法第五条第五号に該当する農地であるかどうかを調べるに、甲第五号証の一、二及び原審証人井上佐市、山田和三郎、花輪武平、清水武夫及び当審証人前野与三吉、清水三俊の各証言並びに当審における検証の結果に徴するに、甲地は近くその使用目的を変更して宅地とすることを相当とする農地であることが認められ、第一審被告の提出援用にかかる各証拠によるも右認定を覆えすに足りない。しかしながら同号は近く土地使用の目的を変更することを相当とする農地についてもこれを法第三条の規定による買収から除外するには市町村農地委員会が道農地委員会の承認を得て指定し、又は道農地委員会が指定することを要件とするものであつて、ここに行政庁が急速な農地改革と遠大な都市計画の遂行との両者を適当に調整する自由裁量の余地を残しているのである。その実際運営にあらわれる利弊は別論として法律がかく明確に規定している以上、この要件の満されていない甲地について直ちにこれを買収から除外すべきものと断ずることは裁判所が自らこの指定を行うと同一の結果に帰するのであつて行政の分野に立ち入るものであり、正当の解釈ということはできない」と説明判示した。即ち甲地が「近くその使用目的を変更して宅地とすることを相当とする農地である事実を認定しながら旭川市旭川地区農地委員会が法第五条第五号の適用をなさざりしを容認している」。

「裁判による行政の是正」で「裁判により行政処分其ものをなす」ことは別物である。然るに原判決はこれを混同した慊がある。

一定の行政処分が裁判により取消変更されれば行政庁は覊束せられる反射的効果として前と同一の行政処分ができず別の行政処分をなさざるを得なくなる。恰も裁判が別の行政処分をしたと同一の結果になつてもそれは裁判の使命が齎す行政に対する是正であつて裁判によつて行政処分をしたものでない。

原判決の謂うが如くすれば法第五条五号に該当する事項に関し指定をなさざる違法不当をしても裁判の埒外に居り、批判のメスを遮断する治外法権的境地にあることとなり、これにより人権侵害の乱行をなし得ることとなつて国民は訴える処なきに泣かねばならんであろう。

此の場合には裁判により是正されねばならんのであつて本件は正にこれに該当する事案である。

農地委員会が法五条の指定をなさざる事により其の土地が同条に該当せざる事に不可動に決定さるるもので、裁判により救済を求め得ざるものとすれば「近き将来土地使用の目的を変更するを相当とするや否」の決定権が農地委員会にある事になる。然る時は憲法第七十六条に「行政機関は終審として裁判することができない」との条規に反するであろう。何となれば土地の性質が法第五条五号に該当するや否の争は裁判所法第三条に所謂「法律上の争訟」だからである。

(二) 本件は法第八条の北海道農地委員会の承認あつたこと当事者間争なきものである(原判決二枚目表三行目及五行目)法第九条の北海道知事の「買収令書の交付」なる行政処分は同条に「買収は前条の承認があつた農地を買収令書交付によつてしなければならん」とある如く取捨の自由裁量を容れざる機械的行政行為である。これを迎えんとする必然的境地に置かれた上告人は買収の危機に立つものと謂うべく、斯る場合次の理由により不買の消極的訴求をなし得るは正当でなければならん。則ち

一 行政裁判法廃止前は民事訴訟と行政訴訟は異種のものと考えられていた。

然るに憲法七十六条第一項殊に第二項に「特別裁判所は設置することができない」とあり、裁判所法第三条は一切の法律上の争訟を裁判する権限あるを定めたる結果裁判は刑事訴訟と民事訴訟の二種だけで、行政訴訟は民事訴訟中の一分類と謂い得るも、性質が民事訴訟(民訴応急措置法中に第八条を設け行政訴訟の事を定めたのに其の意を窺い得る)だから民事訴訟法の支配を受ける(特例法第一条)。

故に行政訴訟中に給付確認創設訴訟あるは当然であつて(熊野啓五郎著新シイ行政訴訟一〇七頁)右三種の訴訟中には行政処分を前提とするものもあるが然らざるものもある。

特例法第一条も違法な処分の取消変更の訴の外「その他公法上の権利関係の訴訟」と謂い行政処分あるを前提とせざる訴訟あるを規定している。

二 行政訴訟も民事訴訟だから其の一般原則たる権利の毀傷された時は給付の訴を又毀傷されんとする時は不作為の給付又は確認の訴をなし得るのである。

本件に於て異議並に訴願が却けられ買収必至の危機に立つ場合「買収すべからず」との不作為の給付を求め得るのは民事訴訟の原則に照し当然である。

民事訴訟法第二二六によれば予め必要であれば将来の給付(不作為も含むは勿論)を求めることを得とあるが本件の場合は正に之れに該当するものである。

相手方代理人は法九条による地方長官の「買収令書の交付」なる行政処分があつてから其の行政処分取消の提訴をなすべきであるといい、行政処分前「買収すべからず」と裁判することは行政権を侵すと謂うが買収令書交付あつて後提訴するのと必至の買収令書の交付の行政処分を抑止する為、買収すべからずとの提訴するのとを比較考慮するに前者は単に行政処分なきところ、行政訴訟なしとの旧行政裁判法時代の観念に囚われた実益なき空論であるに反し後者は次の実益がある。

(イ) 行政処分は提訴あるも停止の効力がないから(特例法十条)どんどん進行するであろうが、処分前提訴あれば進行を抑止し無用の混乱を除き得ること。

(ロ) 行政処分前の提訴あるも行政庁は其の提訴に不拘なさんと欲する行政処分をなすを妨げないのであるから毫も実害なきのみならず、行政処分をなしたる場合に起る争訟を予め決し得る利益がある本件に於ても被上告人は昭和二十二年六月上旬(北海道農地委員会の法八条の承認の日)以後今日迄の間に於て買収令書を発し得たのである。尤も本件には「買収を保留すべし」との仮処分が旭川地方裁判所から発せられて居るが、それは特例法第十条十二条により効力なきを以て被上告人の買収令書交付行為は自由である。然るに被上告人は敢て一挙手一投足のこれをなさずして単に形式的空論を弄するに止めるは何故であるか、本件の争点たる土地が宅地工場地たる使命あるや否に関する裁判所の判決の結果を待つて居り、行政処分後に起る争訟を今茲に決せんとし、即ち裁判の利益と必要とを認めているのである。

(ハ) 自作法に関する訴訟の提訴期間は僅に一ヵ月(自作法附則七条)特例法の提訴期間は短期三カ月である。

斯る短期は不安定の期間を永くせざる公益的見地から止むなく定めたが民主々義の理念から法律は決してこれを欲せざるので、此の場合行政処分前これある必至の危機にある者の提訴を認めることは右法律の精神に一致こそすれ一害なきものである。

(三) 要するに本件上告に於ける甲地の論点は、

(甲) 不当に法五条五号の指定をなさざりしことを裁判の対照となすことの当否。

(乙) 不買請求と謂うが如き消極的給付請求の当否。

の法律上の論議である。右両点につき上告人の主張が容れらるる場合は、土地の性質に関し既に原審が事実を確定しておるから破毀自判せらるべきものと信ずる。

若し(甲)を容るるも(乙)の容れられざる時は予備的請求審理の為の差戻の判決あらんことを求める。

予備的請求につき原判決は「予備的請求について調べるに、その訴旨とするところは前掲旭川地区農地委員会のした買収計画に対する異議却下の決定及び道農地委員会のした訴願棄却の裁決の取消を求めるにあるけれども、法第四十七条の二、附則第七条によれば行政庁の処分で違法なものの取消又は変更を求める訴は右改正規定の施行の日付すなわち昭和二十二年十二月二十六日から一ヵ月以内にこれを提起しなければならないところ、この予備的請求をしたのは昭和二十四年九月八日であつて右期間を経過していること明らかであるから、右請求は之を不適法として却下すべきものである。」と説明しているが、それは本訴の性質を正解せざるところから来ている。

本訴は民訴応急措置法第八条により提起したのであつて、その頃は行政訴訟特例法も自作農創設特別措置法四十七条の二、附則七条もない時であつた。(右二カ条は本訴提起後の昭和二十二年十二月二十六日から改正施行されたのを注意せられたい)

本訴提起は行政裁判法廃止後の新法に基く行政訴訟として全国の走りであつた。

それに自作農作創設特別措置法施行早々で市町村農地委員会の却下北海道農地委員会の訴願棄却、知事の買収令書の交付行為が各個独立した行政処分であることを知らなかつたから上告人の意思は一般民事訴訟の理念に基き、本訴に「買収を阻止」すべき一切の要求を包含せしめていたのであつた。

それ故「買収すべからず」との請求趣旨及請求原因の中には法第九条「買収令書の交付行為の阻止及び其の先行々為」である旭川地区農地委員会の異議却下及び北海道農地委員会の訴願棄却に対する抗議をも含めていたのである。予備的請求は本来の請求を縮少するもので且つ訴の基礎を変更しないのであるし、行政訴訟特例法第六条が関連訴訟を認める精神にも合致するのである。

右の次第で(甲)につき積極的判断があつて(乙)につき消極の判断ありたる時は予備的請求の内容に就ての判断を経過せざりし原審へ事件を差戻さるべきものと信ずる。`

第二点

乙地につき原判決は「乙地については一時該地上に病院を建設しようとする企があり、又昭和十一年頃から新旭川第一土地区劃整理組合が隣接地の区劃整理をし、なお国策パルプ株式会社の工場その他二、三の工場が余り遠くない所に建設されており、旭川市としては同市の発展をこの方面に期待し乙地が将来工場地又は住宅地となる見込が十分あることはこれを認めるに難くないけれども、現在に於て該土地は既成住宅地から相当離れておつて附近には僅かに農家が散在するに止まり、この地が近い将来において宅地又は工場地にその使用目的を変更するのを相当とする状態に立ち至るものとは認めることが出来ないのであつて」と認定している。

若し農地以外の目的則ち宅地工場地に供せんとするには本件勝訴を得ねばならんのである。勝訴前に使用目的を変更するには農地調整法第六条の拘束があつて、其の拘束を解かんとするには北海道知事に許可の請求をせねばならんのである。請求したところで本訴で極力上告人の希望を阻止している知事が容易に許可する筈がないのである。故に原裁判所は現状ばかりでなく右拘束がない場合の状況則ち農地調整法第六条の存在及び影響を考慮せねばならぬのに、現に法第五条五号にも「将来」の文字がある。然るに之を考慮せずしてなしたる右判決は審理不尽若しくは理由不備の違法がある。

上告代理人弁護士板井一治の追加上告理由

一 上告理由書第一点(一)の末尾則ち理由書四枚目表五行の次へ行政裁判月報第十五号二三〇判示(七一頁)の記載要旨は本件右論旨によく類似したもので、此処から推論して上告人の主張は認容さるべきものであろう。

二 上告理由書第一点(三)末尾則ち後ろより二枚目表七行の次へ行政裁判月報第十五号二二七判示一項(四六頁)の記載要旨は本件右論旨に全く恰当している。

扨訴状記載の「買収すべからず」なる請求趣旨の中へ法九条の「買収令書交付行為の阻止」と「旭川市旭川地区農地委員会の異議却下及北海道農地委員会訴願棄却の抗議」とが包含されているとして当事者の問題が起るが、それは次の理由により共に国を被告とし其の代表者を北海道知事とすることが正当となるのである。則ち

行政事件訴訟特例法は昭和二十三年七月十五日より施行となり同三条に行政庁を被告としなければならんが、これが施行なき以前にありては人格なき行政庁を相手取ることは違法である(熊野啓五郎著新シイ行政訴訟四九頁十行目。)本件訴訟は昭和二十二年六月十六日提起したもので当時裁判所法附則により行政裁判法は廃止となり、行政裁判法第十五条第十七条は適用されないから民事訴訟法、同応急措置法によらなければならなかつた。

民事訴訟法第四十五条によると当事者能力は民法其の他の法令に従うとあり、自作農特別措置法第三条によれば農地は政府がこれを買収するとあるから国を被告とせねばならず、其の代表者は当時有効であつた明治二十四年一月七日勅令三号国の代表に関する第一条に北海道庁及び府県庁は其の所管又は監督する事務に係わる民事訴訟につき国を代表す、とあるのに依らねばならなかつた。自作法九条によると買収は買収令書を交付しなければならんとあり、其の交付は地方長官がしなければならんから地方長官の事務であり、又旭川市旭川地区農地委員会は農地調整法第十五条により北海道農地委員会は同十五条の十三(現行法は十五条の十五)により共に地方長官の監督に属すとあるから「買収令書交付阻止」の訴も旭川市旭川地区農地委員会並びに北海道農地委員会のなしたる行政処分取消の訴も共に国を相手として訴をなすべきであつて代表者を北海道知事となすべきであつた。

而して「買収すべからず」との請求趣旨の中には買収を避くる為めの一切の行為則ち「買収令書交付行為の阻止」及び其の先行行為たる「旭川市旭川地区農地委員会の異議却下及び北海道農地委員会の訴願棄却の行政処分取消請求」を包含せる意思の下に出訴せることは前記の記りである。

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